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レーベル:BRIDGE-INC.
品番:BRIDGE-311・BRIDGE312/3
フォーマット:CD
発売日:2021/2/17
【同時購入特典】
「前夜」発売当時のプロモシートの文字起こしシート
陳 信輝インタヴュー・パート1『前夜(EVE)』
◎中国と日本のダブルであるギタリストの陳 信輝、フランス系アメリカ人の父と日本人の母を持つベーシストの加部正義、アメリカとフィリピンの血を受け継いだドラマーのジョーイ“ペペ”スミス(本名ジョセフ・ウィリアム・フェリシアーノ・スミス)が組んだスピード・グルー&シンキは、ニュー・ロック期における国内のシーンに衝撃を与え、現在では海外でもその評価を高めている。まさに世界に通じるスーパー・バンドだったスピード・グルー&シンキのストーリーを陳 信輝に訊いた。
――プロデューサーの折田育造さん(当時、ワーナー・パイオニアでアトランティック・レーベルを担当)と信輝さんの間では、信輝さんの準備が整い次第、レコードを出そうという話があったのですか? というのもスピード・グルー&シンキは、ライヴをやらずにいきなりレコーディングしていますよね。
「折田さんが誰かに俺の電話番号を聞いたと思うんだけど、電話を貰ったんで会いに行ったんだ。それで、最初にフード・ブレインをやろうということになった。スピード・グルー&シンキのときにはレコーディングすることが決まってた。当時はレコーディングの時間もそんなにたくさん貰えた訳じゃないから、短い時間で録音しないとならなかったよ」
――折田さんとの出会いは?
「パワーハウスの終わりごろ。1969年ぐらいじゃないかな。フード・ブレインの『晩餐』はいつ出たんだっけ?」
――70年9月10日ですね。でも、その前に折田さんがポリドールで制作担当だったザ・タイガースの「素晴らしい旅行」(70年7月1日発売)でもギターを弾いていますよね?
「え、レコード出たの? 中止になったんじゃないの? 知らないなぁ(笑)。サリー&シローでしょ?」
――サリー&シロー『トラ70619』(70年2月1日発売)にも参加されてたんですか?
「そう。ザ・タイガースでも弾いてた? 何回か手伝って、ステージも一緒に出たけど、あそう。あとでみんなに言っておかないと(笑)」 〜〜続きは『前夜』でお楽しみください!
陳 信輝インタヴュー・パート2『スピード・グルー&シンキ』
――『前夜』のあと、2枚目『スピード・グルー&シンキ』を出すことは決まっていたんですか? 最初から2枚組の構想が? 当時は2枚組なんて破格ですよね。
「そうよ。そのあとも出す気があるんだったら、どんどん出せた。2枚組にするのは……覚えてないなぁ。折田さんが言ったのかもしれないね。ストーンズも2枚組を出したよね(1972年5月26日に発売された『メイン・ストリートのならず者』)。そのころだもんね」
――『スピード・グルー&シンキ』は71年8月〜10月に目黒のモウリ・スタジオでレコーディングされています。
「うん。モウリは何回もやってる」
――でも、途中で加部正義さんが抜けてしまいます。
「うん。“グルー”になっちゃって、動けない状況になっちゃったんだよ。で、ベースにゼロ・ヒストリーにいたマイケル・ハノポルを連れてきて……」
――アルバム・レコーディングの途中で加部さんが抜けて、困りませんでしたか?
「いや……困らないんだな、そういうとき。困ったってことにはならない。何をやっても。音は全然違っちゃうけどね。加部くんがやってるのと」 〜〜続きは『SPEED,GLUE & SHINKI』でお楽しみください!
ジャパニーズ・ロック伝説のパワー・トリオSPEED, GLUE & SHINKI(スピード、グルー&シンキ )の入手困難なオリジナル・アルバム2作品をリイシュー。その中心人物である陳信輝のインタビューを収録。スーパー・バンドのストーリーを訊いた。(インタビュアー・ライナー:山田順一)
「前夜」
70年代黎明期のジャパニーズ・ロック伝説のギタリスト陳信輝がフード・ブレイン解散後、加部“ルイズ・ルイズ”正義、ジョーイ・スミスとともに結成した伝説のスリー・ピース・ハードロック・トリオのデビュー作。(1971年作)「イヴ《前夜》」というタイトルの通りバンド結成後、ライブを行う前にレコーディングされた全7曲。日本のロックを代表する歴史的名作。
(オリジナル・リリース:Atlantic P-8081A/1971)
「SPEED, GLUE & SHINKI」
自身のバンド名を冠したセカンド・アルバムでオリジナルLP盤は2枚組。(1972年作)前作同様に日本人離れしたスモーキーで屈強なハードロック・ブルースの大名盤。加えて今作品にはモーグ・シンセサイザーのみで展開されるアヴァンギャルドな異色作を含めジョーイ・スミスと2作目から新たに加入したマイケル・ハノポルが制作した楽曲が多数。他にも渡辺茂樹によるチェンバロのソロ楽曲などバラエティに富んだラインナップ。ゲストに渡辺茂樹〈key〉、大口ひろし〈dr〉参加。「カーム・ダウン」のシングル・エディットをボーナストラックとして初CD化。
(オリジナル・リリース:Atlantic P-5045〜6A/1972)
SPEED, GLUE & SHINKI(スピード、グルー&シンキ )
1971年に、パワーハウス、フード・ブレインと渡り歩いたギタリスト陳信輝(シンキ)が中心となり、同じくフード・ブレインに所属する前はゴールデンカップスのメンバーでもあった加部正義(グルー)と、米国人のドラマーでヴォーカルも取るジョーイ・スミス(スピード)とで横浜にて結成されたヘヴィ・サイケ・ブルース・バンド。『イヴ-前夜-』でデビュー。1972年には2枚組の大作『スピード・グルー&シンキ』をリリース。たった2年弱の活動期間にリリースされたオリジナルアルバム2作品は今もなお国内外を問わず高い評価を受ける。
品番:BRIDGE-311・BRIDGE312/3
フォーマット:CD
発売日:2021/2/17
【同時購入特典】
「前夜」発売当時のプロモシートの文字起こしシート
陳信輝インタビュー<一部抜粋>
陳 信輝インタヴュー・パート1『前夜(EVE)』
◎中国と日本のダブルであるギタリストの陳 信輝、フランス系アメリカ人の父と日本人の母を持つベーシストの加部正義、アメリカとフィリピンの血を受け継いだドラマーのジョーイ“ペペ”スミス(本名ジョセフ・ウィリアム・フェリシアーノ・スミス)が組んだスピード・グルー&シンキは、ニュー・ロック期における国内のシーンに衝撃を与え、現在では海外でもその評価を高めている。まさに世界に通じるスーパー・バンドだったスピード・グルー&シンキのストーリーを陳 信輝に訊いた。
――プロデューサーの折田育造さん(当時、ワーナー・パイオニアでアトランティック・レーベルを担当)と信輝さんの間では、信輝さんの準備が整い次第、レコードを出そうという話があったのですか? というのもスピード・グルー&シンキは、ライヴをやらずにいきなりレコーディングしていますよね。
「折田さんが誰かに俺の電話番号を聞いたと思うんだけど、電話を貰ったんで会いに行ったんだ。それで、最初にフード・ブレインをやろうということになった。スピード・グルー&シンキのときにはレコーディングすることが決まってた。当時はレコーディングの時間もそんなにたくさん貰えた訳じゃないから、短い時間で録音しないとならなかったよ」
――折田さんとの出会いは?
「パワーハウスの終わりごろ。1969年ぐらいじゃないかな。フード・ブレインの『晩餐』はいつ出たんだっけ?」
――70年9月10日ですね。でも、その前に折田さんがポリドールで制作担当だったザ・タイガースの「素晴らしい旅行」(70年7月1日発売)でもギターを弾いていますよね?
「え、レコード出たの? 中止になったんじゃないの? 知らないなぁ(笑)。サリー&シローでしょ?」
――サリー&シロー『トラ70619』(70年2月1日発売)にも参加されてたんですか?
「そう。ザ・タイガースでも弾いてた? 何回か手伝って、ステージも一緒に出たけど、あそう。あとでみんなに言っておかないと(笑)」 〜〜続きは『前夜』でお楽しみください!
陳 信輝インタヴュー・パート2『スピード・グルー&シンキ』
――『前夜』のあと、2枚目『スピード・グルー&シンキ』を出すことは決まっていたんですか? 最初から2枚組の構想が? 当時は2枚組なんて破格ですよね。
「そうよ。そのあとも出す気があるんだったら、どんどん出せた。2枚組にするのは……覚えてないなぁ。折田さんが言ったのかもしれないね。ストーンズも2枚組を出したよね(1972年5月26日に発売された『メイン・ストリートのならず者』)。そのころだもんね」
――『スピード・グルー&シンキ』は71年8月〜10月に目黒のモウリ・スタジオでレコーディングされています。
「うん。モウリは何回もやってる」
――でも、途中で加部正義さんが抜けてしまいます。
「うん。“グルー”になっちゃって、動けない状況になっちゃったんだよ。で、ベースにゼロ・ヒストリーにいたマイケル・ハノポルを連れてきて……」
――アルバム・レコーディングの途中で加部さんが抜けて、困りませんでしたか?
「いや……困らないんだな、そういうとき。困ったってことにはならない。何をやっても。音は全然違っちゃうけどね。加部くんがやってるのと」 〜〜続きは『SPEED,GLUE & SHINKI』でお楽しみください!
作品詳細
ジャパニーズ・ロック伝説のパワー・トリオSPEED, GLUE & SHINKI(スピード、グルー&シンキ )の入手困難なオリジナル・アルバム2作品をリイシュー。その中心人物である陳信輝のインタビューを収録。スーパー・バンドのストーリーを訊いた。(インタビュアー・ライナー:山田順一)
「前夜」
70年代黎明期のジャパニーズ・ロック伝説のギタリスト陳信輝がフード・ブレイン解散後、加部“ルイズ・ルイズ”正義、ジョーイ・スミスとともに結成した伝説のスリー・ピース・ハードロック・トリオのデビュー作。(1971年作)「イヴ《前夜》」というタイトルの通りバンド結成後、ライブを行う前にレコーディングされた全7曲。日本のロックを代表する歴史的名作。
(オリジナル・リリース:Atlantic P-8081A/1971)
「SPEED, GLUE & SHINKI」
自身のバンド名を冠したセカンド・アルバムでオリジナルLP盤は2枚組。(1972年作)前作同様に日本人離れしたスモーキーで屈強なハードロック・ブルースの大名盤。加えて今作品にはモーグ・シンセサイザーのみで展開されるアヴァンギャルドな異色作を含めジョーイ・スミスと2作目から新たに加入したマイケル・ハノポル
(オリジナル・リリース:Atlantic P-5045〜6A/1972)
プロフィール
SPEED, GLUE & SHINKI(スピード、グルー&シンキ )
1971年に、パワーハウス、フード・ブレインと渡り歩いたギタリスト陳信輝(シンキ)が中心となり、同じくフード・ブレインに所属する前はゴールデンカップスのメンバーでもあった加部正義(グルー)と、米国人のドラマーでヴォーカルも取るジョーイ・スミス(スピード)とで横浜にて結成されたヘヴィ・サイケ・ブルース・バンド。『イヴ-前夜-』でデビュー。1972年には2枚組の大作『スピード・グルー&シンキ』をリリース。たった2年弱の活動期間にリリースされたオリジナルアルバム2作品は今もなお国内外を問わず高い評価を受ける。
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